秋田県の大館から一人のお客さんが訪ねてきました。初めてお会いする方です。昼食は何でも良いと言うので折角山形に来たのだから蕎麦をご馳走しようと思い、近くの繁盛しているそば屋にお連れしました。ところがその方はテーブルに運ばれたそばを一箸つまんだだけで箸を置いてしまったのです。お腹の具合いでも悪いのかなと聞きましたが「いえ、そんな事ありません・・・。」との返事。「それじゃ、それもったいないから私いただきますよ」その残ったそばをいただいてしまいました。ズズーッとそのそばをすすりながら上目でちらっとその人を見ると腹具合いではない別
の理由がありそうでしたがあまり気にせずにいました。「こんなにうまいそばを食べられないなんて残念だな。そば屋でない方が良か
ったかな?」とは思いながらも。
それから数年彼とはお付き合いが続き遠慮なく話しができるようになりました。そんなある日私が秋田の大館へ行った時、昼食に出かけることになり何でもいいから好きなものを言ってくださいと聞かれたので私は迷わず「そば」と答えました。「え!?そばなんかでいいの。もっと別
のものを言ってください」と彼。
どうしてそばじゃいけないの、好きなものをと言ったじゃないかと聞き返しま
した。「そばとかうどんはお客様にご馳走する食べ物ではないんです。そば、うどん
をご馳走するということは歓迎していない客に対してだけです。粗末な食べ物
を昼食に出すということは暗に早くこの家から帰ってくれという意志表示なんです」そして「この地方では自分達がそばやうどんを食べている音も絶対他人には聞こえないようにしている。貧乏していると思われるから」だそうです。「あ!それだったのか」私は数年前の山形でのそば屋での件を思い出して彼に言いました。
「あの時、実はがっかりしました。私は歓迎されていないんだ。早く帰って
もらいたい客なんだ、そばなんかご馳走されて。と思いました」と今まで言い
たくても言えなかったことを堰きを切ったように私に向って言う彼。そしてあの時はもう咽を通
る状態じゃなかったんだそうです。
ほんとに土地がかわれば食べ物もかわるものです。山形ではそばは何か祝い
事があるとご馳走として縁起物として良く食べられるのですが。その後、私達二人は山形でのそば屋の件の思い出話しで顔を見合わせながら
大笑いしていました。大館比内町の米代川近くの手打ちそば屋でテーブルを挟
みながら・・・・・。
(2003.04.04)
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