The collection of short essays by Our President (Masaaki Okada)


「変な男」
 三年前の冬、山形新幹線の下りの車中でのこと。通 後側の私の隣の窓際の席には金 のブレスレット、金時計、細いストライブの三つ揃えのスーツ、頭はオールバックの 45才位の男性が座っていた。「この新幹線にはレストラン車がないんだね。」と突 然話しかけてきた。
 「山形新幹線には初めて乗るんだけどレストラン車が無くて困ったよ。いつもは飛 行機なんだけどね。山形へは。」と言いながらサンドイッチをパクついていた。

 脱いだ黒いエナメルの靴を横におき、床に敷いたスポーツ新聞の上に足を置いてい る。その服装には似合わない態度だ。レストラン車なんて昔の特急列車の頃にはあっ たがすでに廃止されて相当な年数が経つのに変な男と思いながら、適当に相づちを打っ ていると、
 「これから天童温泉の旅館の社長へ商談に行くのだ。私は骨董品を高く売る商売やっ てる。」
そしてさんざん自慢気に自分の儲け話しをし終えると、やがて週間実話(週刊誌)を 読み始めた。

 郡山を過ぎた頃、車内販売のワゴンが近付いてきた。
「おねえさん!冷たい飲み物ある?」「はい、ウーロン茶、ジュース、ポカリ、ビー ル等ありますが。」
「あ、そう。じゃそれ見せてくれる?」
「え!?」
 ワゴンを押していた販売の女性は一瞬とまどった様子だったが、一つ一つそれらを 取り出してその男に見せた。
「ふん、ふん。あ〜それじゃ、ウーロン茶が美味しそうだな。それ貰うよ。」
「はい。ありがとうございます。130円になります。」
するとこの男は背広の内ポケットからぶ厚い財布を取り出すや目線は女性に向いたまま、
「これから取ってくれる?」と言いながら女性に渡そうとしている。 「は?」とその女性は躊躇した。
「ね、遠慮しなくていいからこの財布から代金を抜いてくれていいんだから」
「あの〜、それは困ります。」
「いいんだよ、遠慮しなくても」
そんなやりとりが通路側の私の目の前で交わされている。財布からはギッシリ詰まっ た札が見える。やがて
「あ、そう」と財布を渡すのあきらめたのかそうなるのを予想してたのかはわからな いが、今度はズボンのポケットから小銭入れを出して銀色の硬貨を2枚渡したようだ。 安心した声で
「ありがとうございます。130円頂戴致します。」、すると再び
「お釣はとっておいて。」
「困ります。」
「遠慮しないでよ。」の声が目の前を飛び交った。お釣は20円か70円かだろう。

  何か変な人の隣へ座ったもんだと思いながら少し眠りに着いた。やがて間もなく終 点の山形駅である車内アナウンスが聞こえた。隣の男は足に敷いていたスポーツ新聞 を拾い上げそれを小さくたたみ、週刊実話と重ねて私に向かって、
「あんた、これ持っていかない。一回しか読んでないのでもったいないからあげる。 家で読んだら」
などと言う。もちろん私は
「い〜え、結構です。」

   車中では山形駅から天童温泉までタクシーで行くと話していたのに、改札口ではな く、天童駅方面への乗り継ぎの奥羽線下り線ホームの方へさっきの週刊誌と新聞を小 脇にはさんでスタスタと歩いて行く彼の後ろ姿が見えた。一回だけじゃもったいなか ら今晩、天童温泉の一室ででも読み返すのだろうか。


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