The collection of short essays by Our President (Masaaki Okada)


「湯舟の老人」


 硫黄の臭いと湯気が立ちこめるその温泉風呂には一人の老人が入っていた。「こんばんわ」と声をかけて同じ湯舟に入り、その老人と、紅葉がきれいだとかここの温泉は静かでいいね、とか世間話を始めた。物静かな落ち着いたやさしそうな老人だ。ゆっくりと知らない温泉客ととりとめもない話しをしながらの夜の温泉もなかなか良いもんだ。

 しばらくすると2〜3人の男達が入ってきた。なんと彼達の背中や腕には刺青が見える。あまりいい気分はしない。その老人へ声を掛けて一緒に湯から上がろうかと思っていたが、老人は全然気にしていない。その男達は湯の上に顔だけを出して背後からじーっと老人を睨んでいる。いつの間にか刺青の男達の人数が増えてきた。やはり老人を連れて上がった方が良かったかななんて思っているうち、私の背後にも何人かの男達の気配を感じた。
 アレ?!いつの間にか私達二人は確実に囲まれているではないか。さぞこの老人も不安だろう。何故?この男達は取り囲むようにしているのだ?まるで火曜サスペンス劇場みたいだ。

 突然「オヤッサン!」ドスのきいた男の声が響いた。何、「オヤッサン?!」だって。しかも老人に向かって声をかけたのだ。「オヤッサン。そろそろ・・・・。」の別 の男の声に「アー、上がるか」と言いながら目の前の老人がザーッと湯から立ち上がった。そしてその背中には回りの男達より見事な刺青が見えたではないか。湯から立ち去る老人をその男達が取り囲みながら浴室を出て行った。背中の刺青をみせながら。
                               

 (2001.8.1) 



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