The collection of short essays by Our President (Masaaki Okada)



「冬になると思い出す、ある蕎麦屋での昼下がり」
 数年前の1月の雪の多いある日、長井市からの帰り南陽市宮内にある評判の蕎麦屋 に遅い昼食に立ち寄った。そこはソバ通なら是非、一度は行ってみなければならない ほど人気のある店だった。昼時を過ぎた頃なので客は他に一組しかいなく、こりゃゆっ くりと蕎麦を楽しめる、いい時間に来たもんだと喜んた。さっそく農家造りの客席で 注文した蕎麦を食べ始めた。

 間もなく先客は帰り、なるほどこれは評判なだけあってうまい!なんて感激しなが らそろそろ食べ終わろうとした時、奥のこの家の台所のような厨房からおばあちゃん の声がした。「お客さん!今、蕎麦うまいべ!やっぱり冬の寒い時、雪あっどきの打っ た蕎麦はうまいったな〜」あ〜うまいな〜やっぱりと返事を返した。「お客さんも蕎 麦好きだがあ!んだらもう一枚食うが?ほんとに蕎麦好きの通 の人はおらいで(この 店で)は2〜3枚食っていぐがらな。一枚では足んねべ。」んだんだと変な相づちを 打って、通にならなければならないと思ってそれじゃもう一枚と大声で頼んだ。

 その二枚目も食べ終わる頃またもう一枚どうだとの声。あれ?この店は何枚食べて も蕎麦代は同じかな?こっちが言わなくても店の人がもう一枚もう一枚なんてすすめ るのだからきっとそうなんだ、そういえば前にいった大石田の次年子の蕎麦屋も食べ 放題だったから山の中の蕎麦屋は結構こういう店があるんだ。よし!おばちゃん、も う一枚。

 ところがその三枚目がなかなか出てこない。そのうち、おばあちゃんではなくやや 若い娘さんがぐい飲みに酒を一杯もってきて、「お客さん、今蕎麦のお湯代えている からすこし時間がかかるからこれおまけだから飲んででけろ」と言った。ま、今日は 帰りは急いでいないし、ゆっくり待つことにした。それにしてもやけに遅い。しかし、 この酒はうまい。純米酒らしい。蕎麦が遅いのを理由にこの酒うまいな〜実にうまい 酒だな〜!ともう一杯、酒を催促して見た。「お客さん、蕎麦通 で好きな人は酒も好 きだずね。お客さんもやっぱりそうだべ。」というおばあちゃんの声。またもや、ん だんだとつい言ってしまった。「しょうがないずね。今はお客さん一人だから特別 も う一杯やっぺ。この酒、うまいべ、地元の酒だ。お客さん帰りに持っていぐか?」ど うせお土産用だろうから四合瓶だろうし値段もそうたいしたことないだろうと考え、 うん、持って行くと気軽に返事をする。

 やがて二杯目の酒も飲み終わり追っかけできた三枚目の蕎麦を食べていると、玄関 のガラガラという音とともに、「毎度どうもっす!酒持ってきました!!」「なんぼ だっす」「2400円だっす」の酒屋とおばあちゃんの声が聞こえた。え!?もしか してその酒は?まさか、こっちが頼んだ酒?一瞬不安がよぎる。でも蕎麦を三枚も食 べてるんだから2400円の酒代はしょうがないか。と無理矢理納得。

 三枚目の蕎麦を食べ終わるのを見計らっておばあちゃんが「三枚食ったらもういい べは〜。こっちさきてお茶でも飲まっしゃい。」と隣の囲炉裏端でお茶を一服いただ きながら、うまい蕎麦と酒ごちそうさまでした。なんぼだっす?と聞くと「4800 円だっす。ありがとさま」・・・・・うひゃ〜!!。食べ放題ではなかったんだ。勝 手に思い込んでいただけだ。昼食に蕎麦一杯のつもりがなんと4800円。800円 の蕎麦三枚と一升瓶の酒が2400円で合計4800円なのだ。おばあちゃんに蕎麦 と酒の通と思い込まれている(と勝手に思い込んでいる)以上、へえ〜結構安いんだ ねなんて平気な顔を作って財布を出した気持ちは複雑。通はなんでこうも見栄っ張り なんだとつくづく・・・。

 それから2週間くらい過ぎた日曜日、たまたまその蕎麦屋へ友人と行くことになっ た。食べ終わって少し二人でくつろいでいると「お客さん、見だごどある顔だな。前 にもきたごとあっか?」いや初めてだよ、「あ〜んだが。勘違いだべか。んだべな、 おらい(自分の店)さ、何回もくる人は蕎麦通だからな。」この日は先日のことを聞 いて知っている友人と一枚づつしか食べなかったのをおばあちゃんは見てたのかも知 れない。

2001.1.19


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